人道の港 敦賀ムゼウムでは、
敦賀港だからこそ伝えられる「命」の大切さと「平和」の尊さを、
これからも発信していきます。
<ムゼウムとはポーランド語で「資料館」という意味があります>

現在の敦賀港

本州の日本海側沿岸のほぼ中央に位置する福井県敦賀市は、天然の良港・敦賀港を擁し、古くから大陸との交流拠点として栄えてきました。

明治から昭和初期にかけて、敦賀港はシベリア鉄道を経由してヨーロッパ各都市と日本を結ぶ国際港としての役割を担いました。国際港として発展した敦賀港は、1920年代にロシア革命の動乱によりシベリアで家族を失ったポーランド孤児が、1940年代には杉原千畝氏の発給した「命のビザ」を携えたユダヤ難民が上陸した日本で唯一の港であり、当時のまちのひとたちが彼らを温かく迎え入れた「人道の港」としての歴史があります。

昭和初期の敦賀港

平成20年にオープンしたムゼウム

これらの歴史を後世に伝える資料館として、平成20(2008)年3月にオープンした人道の港 敦賀ムゼウムには、開館以降、国内外から多くの方にお越しいただき、ポーランド孤児やユダヤ難民の関係者の皆様とさまざまな交流を深めてまいりました。

そして、ポーランド孤児上陸100周年、命のビザ発給80周年を迎えた令和2(2020)年11月、展示内容をより充実させ、施設規模を拡大した新たな人道の港 敦賀ムゼウムがリニューアルオープンしました。

新しい建物の外観は、大正から昭和初期に敦賀港にあった敦賀港駅や税関旅具検査所などの4棟の建物を当時の位置に復元し、往時の敦賀港の雰囲気を感じてとっていただけます。また、館内には、関係者から寄贈いただた新資料の展示や、新たにシアターやアニメーション展示を設け、より展示内容を充実させております。

令和2年に移転新築したムゼウム

沿革

2008(平成20)年3月 金ヶ崎緑地休憩所に初代・人道の港敦賀ムゼウム開館
2008(平成20)年7月 岐阜県八百津町との相互交流協定締結
2015(平成27)年10月 ユダヤ難民などの写真を収めた「大迫アルバム」が敦賀市に寄贈される
2017(平成29)年5月 金ヶ崎周辺整備計画策定委員会にてムゼウムの移転拡充の検討が始まる
2018(平成30)年6月 金ヶ崎周辺施設整備基本計画策定、ムゼウムの移転拡充案が示される
2019(平成31)年3月 新たなムゼウムの建設が始まる
2019(令和元)年11月 ポーランド孤児の日記など関連資料200点以上が敦賀市に寄贈される
2020(令和2)年8月 移転のため初代ムゼウム閉館
2020(令和2)年11月 人道の港敦賀ムゼウムリニューアルオープン